
もう20年ほど前になるでしょうか、学生時代に私が参加していたゼミの同級生で、最高学府内で屈指の成績を誇りながらも、官僚になるでもなく大学教授になるでもなく、テレクラのリンリンハウスで女性を口説き落として即ハメをしたりテレフォンセックスをしたりすることだけに命のすべてをかけようとしていた二人の「野望に満ちた若者」がいたことが懐かしく思い出されます。
その同級生は二人ともすぐれた知力を所有しているだけでは飽き足らず、誰もが羨むような壮健な肉体にも恵まれており、弱小だったわが校のラグビー部を優勝に導くばかりでなく、オールアメリカ大学選抜アメフトチームを打ち倒すほどの強豪にまで成長させるリーダーシップ、そして、尋常ではない運動神経を発揮してもいたものです。
そんな万能の二人でしたから、ゼミの教授からの信頼も当然ながら絶大であり、やがては日本を背負って立つような大人物として期待されていたものです。
私たち、ゼミの末端メンバーも、彼ら二人が大学教授や大蔵省の官僚などの道を選んだ場合に備えて、彼らを全面的にサポートする役にまわろうと、そんな風に超えようのない「能力の差」から諦めとともに決意していたくらいですから。
そんな二人が「テレクラ」を、それも「リンリンハウス」を選んだのですから、我々のゼミは衝撃のあまり天地をひっくり返すような大騒ぎになりました。
「ぼくたちが東大法学部政治学科で政治学を学んだのは、テレクラで男が女を即アポして即ハメする仕組み、権力としてのファルスをつかむための方法を学ぶためだったといっていいでしょう!」
「男女という性に立ちはだかる権力構造のカラクリを研究しつくし、ぼくたちが新しい自分たちのテレクラの王国を築くための準備を進めてきたのだとも!」
ピンと伸ばされた背筋、両膝の上には固く握られた拳、「冗談」という言葉を徹底的に退ける真剣そのものの鋭い殺気に満ちた光を放つ眼差しとともに、彼らはピンポンのダブルスのように交互に「それぞれのリンリンハウスへの強い意志」をまくしたてたのでした。
「誇大妄想と思うなら思ってください!我々は自分たちの即アポ交渉術とテレフォンセックス遂行能力を信じているんです!テレクラは荒野だ!唯一、欲望を実行に移す者のみがこの荒野を制することができるのだ!!」
彼らが語り終えると私たちはみな言葉を失いました。しかし、その場を支配する沈黙のなかで、彼らの揺るがない「意志」にただただ圧倒されたのは確かです。
また一歩即ハメに近づいた
彼らの高い知性と強靭な肉体ならば、リンリンハウスという当時のテレクラの最大の激戦区において即アポを成功させることはもちろんのこと、セックスの場面においてテレクラ女性の性欲を満足させ、覇権を握ることになるであろうことが容易に想像される。彼らの演説には、そのような説得力がありました。
テレフォンセックスの快楽の面においても、彼らの極度に鍛えられた言語能力と思想によって未曾有のエクスタシーに到達することは眼に見えておりましたから、彼らであるならば、野望のテレクラをリンリンハウスに打ち立てることになるだろうと、その場では納得させられもしました。
その後、袂を分かつことになった彼らがリンリンハウスにおいてヘゲモニーを奪取することに成功し、野望のテレクラをついに建立させたのかどうかについては、私は知りません。
おそらく、リンリンハウス内でのテレクラ女性を巡って行われた野望の闘争は苛烈を極めており、彼らほどの能力と意志を持ってしても太刀打ちできないようなライバルたちとの対決はとても一筋縄ではいかなかっただろうと思われます。
現在のリンリンハウスの凋落から見いだせるのは、その「野望」に向かってテレクラを利用していた男たちの権力闘争の痕跡と、それぞれの「テレクラの野望」が打ち砕かれて、ひとり、またひとりとリンリンハウスから脱落し、去っていく過程のなかで明るみになっていった「虚しさ」だけなのではないかと思います。
野望に満ちた彼らのうちの一人を、私が最後にリンリンハウスの前で偶然見かけたとき、彼は、リンリンハウスの入り口で遠近感がおかしくなるような巨大すぎるチャウチャウとアフガンハウンドを連れて佇んでいました。
その不可解な姿には面食らうことになりましたが、あれはきっと、リンリンハウスでテレクラ女性に即アポをしかけ、即ハメをするための戦略のひとつだったのだろうと思われます。
みずからの「野望」のためにリンリンハウスに身を捧げた彼のその異様かつまっすぐな立ち姿は、時が経つごとに私の中でその輪郭を濃くしていくようであったのですし、現在、無店舗型テレクラを使うような瞬間に、彼らがリンリンハウスについて語ったあの「野望」がふと思い出されもして、私の胸を熱く焦がすのです。