
リンリンハウスの個室に引きこもっていた頃のことを今でもふと思い出すことはある。
テレクラといえばそのままリンリンハウスのことを指す言葉だった、といっても過言ではないほどに、リンリンハウスが流行っていた頃は、本当にいろんな人間が、出会いのメインの現場であったリンリンハウスにこぞって集まっていて、おのおのグロテスクな対話を繰り広げていたものだった。
リンリンハウスは人種のるつぼだった、などといったらいささか誇張しすぎることになるかもしれないが、リンリンハウスに忘れがたき人々が数多く揃っていてカーニバル状態だったのは事実。
俺もリンリンハウスの個室のなかに閉じ込められていたテレクラ囚人の一人だったから、誰かにとっての忘れがたい人々のうちの一人だったかもしれない。
実際に言葉を交わしたことはないのに、通いつめているうちに自然と顔見知りになってしまった、というテレクラユーザーもいたし、フロントで店員と話しているときに名物客扱いされている客の噂を「又聞き」で知るなんてこともけっこうあった。
トイレに行くために個室から脱出してリンリンハウス内の迷宮じみた通路を歩いているようなときに、それぞれの個室から聞こえてくる即アポ交渉のための会話や、テレフォンセックスのすさまじい熱気から、姿は見えないがとんでもない気配を放っている人間の存在を感じ取る、という方法で見知らぬテレクラユーザーを知るなんてこともあった。
そういや、リンリンハウスを使っていた名物三兄弟がいたことが懐かしく思い出されたから、その思い出をちょっとばかり書いて、今夜の酒のつまみにでもしよう。
テレクラマーゾフ万歳!
その兄弟は、三人揃ってリンリンハウスを訪ねてくることもあれば、それぞれが別の時間に、あるいは、別のリンリンハウスで各々即アポをしかけたりテレフォンセックスに興じている様子だった。
「三兄弟の父親がリンリンハウスを使っていることさえあるんだから、あそこは家族ぐるみでリンリンハウスに呪われちまってるんだよ」なんて話を赤ら顔の店員から聞いて大いに笑ったのが昨日のことのように思い出される。
長男は粗暴で直情的な男だったから、ヤリたいという気持ちがむきだしすぎて、リンリンハウスを使う女性からの評判は、まあどちらかというと悪い方だったし、リンリンハウスの店舗前で、女を巡ってトラブルが発生したのか、父親と殴り合ったりしていることもあったそうだ。
次男は理知的な男で、即アポの交渉へ持っていく会話技術には悪魔的に長けていたが、どうも冷笑的で愛のないセックスをするタイプだったらしく、その評判が広まっていくにしたがって女性たちの股間もどんどん冷え切っていくようで、やがて即アポがまったく成功しなくなり、自分の愛情のなさと虚無心をフロントの店員に懺悔するようにして告白していたとも聞く。
三男はあまりにも優しすぎる男で、サクラの女性と回線が繋がっても文句の一つも言わずに受け入れて、むしろ親身になって「サクラとしての悩み」を聞いたりしてあげていたらしく、そこから即アポに持っていくこともあったようで、リンリンハウスユーザーからは「聖人」ってあだ名がつけられてた記憶がある。
三兄弟の他にも、自宅からリンリンハウスまでの距離を「歩数」で覚えていて、思いつめたような顔でリンリンハウスの個室に入っていってはツーショットでは熟女ばっかり狙ってた大学生もけっこう有名だったけど、ある時から姿を見かけなくなって、「テレクラより風俗にハマった」とか「なにか熟女との間に事件を起こしていなくなった」とか、いろんな根も葉もない噂を聞いたが、店員とのパイプが切れたいま、それらの噂の真偽を確かめる術はどこにもない。
当時リンリンハウスを使ってた連中を集めて「テレクラカドリール」とでも称したパーティを開きたいくらいだが、どうも、惨めな会合に終わりそうな予感もする。
いまではもう、無店舗型テレクラだとか、出会い系を検索することさえできないような「貧しき人々」だけがリンリンハウスを使い続けている感じなんだろうな。
リンリンハウスが最高だった時代はもう過ぎ去ってしまったけれど、確かにリンリンハウスの黄金時代ってのはあったのだし、リンリンハウスっていうのは時代の変わり目に翻弄された人間たちが蠢く場所でもあったのかもしれない。